金敬善韓国語学院
ハングルを楽しむ語学学校「金敬善韓国語学院」ひとクラス10名までの少人数制だから上達の早さが違います!
 
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学院行事
第2回韓国研修旅行「漁村体験ツアー」
 
ナクチ(タコ)漁と国楽体験芸術人村と木浦共生園訪問課題つき光州市観光
 
芸術人村訪問
2日目「芸術人村」を訪問。
チャングムの世界から抜け出したような長老に出会いました。

   
こんな伝統的な家屋に暮らして創作活動に励んでおられるのです。   陶芸家の先生のお誘いで予定外の入門。
うれしいハプニングでした。
  参加メンバーの力作。焼き上げて日本まで送って下さいます。
今から楽しみ。

 
木浦共生園訪問

 
子供達の下校時間に合わせて訪問。お菓子を頂きながら楽しく交流。   韓国語を学ぶ参加メンバーのためにハングルのゲームも準備してくれました。

「その日木浦が泣いた」
至誠の愛に生きた尹鶴子さん。
1968年10月31日。
木浦共生園創立者尹鶴子(日本名:田内千鶴子)さんの死去に、木浦市民葬を報じた新聞の見出しです。

日本統治時代、父親とともに全羅南道木浦に渡った田内千鶴子さんは、その後結婚した夫の伝道師尹致浩さんと力を合わせて、太平洋戦争などで親を失くした孤児を守るため、木浦共生園を創立しました。
1950年に起こった朝鮮戦争の混乱の中、行方不明になった夫の後を受け、日本人迫害の嵐の中女手ひとつでひたすら孤児を守るため、子供達に食べさせる一杯の粥を求め、辛酸を嘗めながら一人戦い続けました。
この間の尹鶴子さんの至誠の戦いは、やがて韓国の人々の共感を呼ぶところとなり、韓国政府は独立以来、日本人としては初めての最高の栄誉である、大韓民国文化勲章国民賞を贈り称えました。
これまでに木浦共生園を巣立った三千人を超える子供達から、今も「木浦のオモニ」としてし親われ、「オモニはもう一人のマザーテレサです」という言葉を贈られ尊敬されています。
今回、金敬善韓国語学院の韓国研修旅行参加メンバーの訪問時には、尹鶴子さんのお孫さんである現園長丁愛羅先生と子供達が心良く迎えて下さいました。
木浦共生園の園児の皆さんは、明るく元気でとても素直に育っている印象を強く受けました。
共生園の皆さん、ほんとうにありがとうございました。


   
一躍子供達の人気者になった参加メンバーの下谷元昭君。   園の子供達が「世界でひとつの花」を日本語で歌ってくれました。   子供達と記念撮影。とても心あたたまる思い出がいっぱいできました。

3日目は、こんな両丙(カンバン)のお屋敷に泊まれました。
参加者の感想文

第1回学院祭
第1回韓国研修旅行「キムジャン体験ツアー」
第2回韓国研修旅行「漁村体験ツアー」
 

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